６６歳のラブレター

 

目黒川の桜も散りまた季節が前に進む。

日本人が一番はしゃぐ春。

 

今年はどこの桜の名所も花見客で賑わったことだろう。

久しぶりだったからな。

 

それなのに春の季節は短くて、いつも駆け足で過ぎ去ってしまう。

私は毎年同じことの繰り返しを６６回もやっているが、たまには季節もわがままなことをやってみたら面白いのにと思う。

 

春が足踏みをしていつまでも桜が咲き続けるとか。

梅雨はすっ飛ばしていきなり夏になるとか。

 

でも現実は４つの季節が相変わらずくるくる回るだけ。

何も変わったことは起こらない。

 

世界的な課題である気候変動も、ジワジワ来られると気候が変わっていることにすらあまり気づかなくなっている。

気候変動を意識するのは大きな災害のニュースが流れたときだけ。

 

どこかの戦争が終わらなくても

誰かがミサイルを飛ばしても

あなたの周りの誰かが死んでも

 

着実に春は終わり夏に向かう。

世界は前へ前へと進んでいく。

 

７年前の春はまだ君がいた。

大学病院の窓から見える美しい桜が、ハラハラと花びらを散らす様子を君に見せたいと思った。

 

春が終わり季節が変わる頃には、花柄のワンピースを着た君が乗る車椅子を、私が押して家に帰ると思っていた。

そしてまたいつもの日常が始まり、生死を彷徨ったことすらいつの間にか笑い話になっているはずだった。

 

しかし君は私の目の前からいなくなった。

突然だった。

 

一人になっていろんなことを考えた。

あの日が最後だとわかっていれば、もっともっと何か二人でできたのに・・・

 

今、仲良く二人で過ごしている人たちは、残酷だけどいつか来る辛い別れの手前にいるということを知らない。

それは１０年後かもしれないし・・・

明日かもしれない。

 

でもその日は確実にやってくる。

 

喧嘩なんかしてる場合じゃないんだよ。

二人でやりたかったことは全部やっておきなさい。

 

それでも

それでも

悔いが残るから。

 

あれからもう７年。

君がいなくなっても季節は何もなかったかのように巡っていく。

 

そして私は『ありがとう』を君に伝えられないままもうだいぶ年老いてしまったよ。

 

手を離すしかなかった最後の夜。

 

７年経って、ようやく私も一人で歩き出したよ。