いつか天国で再会した時のために

嫁のこと
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死ぬこと

今日からブログを書くことにした。

理由は・・・

タイトル通りなのだが、嫁が亡くなって4年。

書き残しておかなければと思うことができたと言うこと。

 

4年前の夏は、強烈な喪失感と嫁を助けられなかったと言う後悔とで、身も心もボロボロになっていた。

男のくせにいつまでもメソメソ泣いて、酒に逃げて毎日二日酔いで会社に行く日々。

今、こうしてる間も世界では数秒ごとに人が死に、きっと私のすぐ近くにいる人たちにも死は訪れていて、でも私の周りの人たちが私のようにメソメソ泣いているのを見たことがない。

自分だけが弱く、惨めで、いつまでも悲しみに明け暮れている。

嫁の死と共に、自分の愚かさや小ささを否応なく実感させられて打ちのめされた。

 

しかし、たくさんの人たちに励まされ、時には一緒に涙し、酒を飲み、思い出を語るうちに、だんだんと生きる気力が湧いてきた。

見たくもなかった嫁の写真や服を整理してやろうと思った。

 

嫁が、人生のほとんどを過ごしたキッチン。

よ〜し!

俺も料理でもしてみるか!

そんな気持ちも湧いてきた。

 

ちゃんとちゃんとご飯を炊いて、お金をかけなくても丁寧におかずを作って、健康番組でも見ながら夕食を食べよう!

そうやって、なるべく自分でご飯を作ることにした。

当時作った朝ご飯がこれ。

ゴボウのきんぴらとほうれん草の白和は、私の好物だったので嫁が生前によく作ってくれてたもの。

嫁の味にはかなわないけど、自分的には三ツ星だ。



生きること

誰も伴侶がいないひとりの人生など想像すらしないだろうけど、現実として私はひとりで生きているわけで、今日が終わればまた明日がやってくる。

いつの間にかひとりでスーパーに買い物に行くことも、犬の散歩の途中で奥さん連中と立ち話することも、1人で新宿東宝で映画を見ることも、平気になってしまった。

 

つくづく人って前向きにできているもんだと思う。

あんなに涙に明け暮れていた初老の男が、なんならもう一回くらい結婚してやろうか。

くらいまで回復した。

でも、元気になることはいいことだ。

そして元気になると、余生にも目標ができてくる。

それが今日の日記のタイトルであり、このブログをスタートしようと思った理由だ。

 

『いつか私が天国に行って嫁と再会した時に、ひとりの暮らしもなかなか楽しかったよと伝えるため』

 

そのために、日々のとっても小さな楽しみや丁寧な暮らしを記録しようと思う。

 

嫁と楽しく暮らしていた部屋。

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