【新】茹でガエル理論〜実は人類は一人残らず茹でガエルである

料理
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カエルを茹でてみたやつはいるか?

 

みんな一度は耳にしたことがあると思う茹でガエル理論

上司が朝礼などで偉そうに話すネタベスト10だ。

 

企業の利益がジリジリと減少していき、気づいた時には赤字に転落していた。

あるいは社員のやる気が徐々に低下していき、気づけば優秀な人材がどんどん社内から流出していた。

などなど・・・

 

企業体質の改善やガバナンスなど、割とビジネスの世界でよく使われてきた言葉だ。

そういう私も何度か朝礼で話をしたことがある。

そして会社を辞めた今でも、なんとブログのネタとしてこうして書いているではないか!

 

この手の話って話題を広げやすいんだよね。

そして聞いている側の部下は大抵の場合、

 

『それお前のことだろ!』

『お前がすっかり茹で上がっているじゃねえか!』

 

と腹の中では思っている。

 

よく使われるこの茹でガエル理論だが、誰か本当に試したやつはいるのだろうか?

試してもいないのに推測でこんな話を言っていたとすれば、それは明らかにカエルにも無礼だし部下の前で話す内容としては実に不適切ということになる。

 

もしかすると誰も実験してないんじゃないか?

どうも私はカエルの行動として、熱湯に放り込まれるとその熱さにびっくりして上島竜兵さんのように飛び上がるだろうとは思う。

 

しかし徐々に熱くなる水に入っているカエルは、いくらなんでも熱湯になる前には気づいて逃げ出すと思うのだがいかがだろうか。

一気に熱湯に入れられようが徐々に熱湯になろうが熱湯は熱湯である。

 

もう自分が耐えられないと思った時点でカエルは逃げ出すはずだ。

もしそのまま本当にカエルが茹で上がって死んだとしたら、いくらなんでもマヌケすぎる。

 

少しづつ変化する環境変化や徐々に迫り来る危機。

そういうゆっくりした変化に対応できない会社はいずれ潰れるという比喩に、カエルが使われているだけのことだろう。

 

なぜ私が古い朝礼ネタを今頃引っ張り出してきたか・・・

それはこの茹でガエルに人間が似ているからだ。

 

若くてピチピチだったお肌は、いつの間にかシワシワのやわやわなお肌になってしまっている。

本当にいつの間にかなのだ。

あるいは気づいてみたらと言ってもいい。

 

とにかくじんわり変化するものには人間は意識がいかない。

それを日々見越して美容に励むマダムの皆さんは、きっとわずかな変化にも敏感で見逃さない。

大したもんだ。

よく言われる意識高い系の人たちって偉い。

 

男だって一気にハゲになる訳ではない。

あれ?

最近なんか枕についてる抜け毛が多いなと気づき始める。

 

そこからだ。

あの抜け毛を集めておけばヘアドネーションでもできたかもと思った頃には、すっかりハゲ散らかして無惨な姿となっている。

 

ハゲた頭をいくらブラシで叩いても無駄だ。

そう簡単に毛は生えてこない。

つーか、ハゲた時点で茹でガエルとして死んだも同然なのだ。

 

私が薄毛になり始めたのが50代前半だっただろうか。

この間の15年間はただのハゲ待ちだった。

 

薬用シャンプーも育毛剤も何にも使わず手入れすらしない。

もうハゲでいい。

カエルだったらもう死んでもいい。

 

そういう気持ちで過ぎた15年間だった。

しかし不思議なことにあの頃の薄毛のままで一向にハゲる気配はない。

 

だからまだぬるま湯に浸かっている。

てっきり60歳になる頃にはツルツルなんだろうと思っていたのに実に中途半端なままで残念である。

 

しかし頭以外は快調に老いている。

このゆっくりとした変化から人間は誰一人として逃れることはできない。

 

だいぶお湯も熱くなってきた。

それに気づいていても誰一人このお湯から出られる人間はいないのだ。

 

カエルよりも哀れだな。

 

そして最後は茹で上がって全員が死ぬ。

 

茹でガエル理論とは、実はカエルの話ではなく人間の話だったのか。

 

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老後のおひとりさまごはん

 

いつもの朝食。

ザ・日本人の朝食。

 

 

ランチはパクチーラーメン

スープはKALDIで買ったフォーのビーフだし。

 

 

やっぱフォーの麺よりも日本のラーメンの方が好きだな。

 

 

休肝日の晩ごはんはワンプレートごはん。

 

 

牛肉の甘辛煮、切り昆布、ピーマン炒め、明太しらたき、イワシの生姜煮、キムチ、サラダ。

 

 

体がじわじわと老いるのはしょうがない。

いつかふと気づくとすっかり老人の顔になっているのだろう。

 

ゆっくりとした老化を茹でガエルのようだと言ったが、人間の場合それに気づいても逃げ出すことは出来ない。

確実に死へと向かう。

 

ただ肉体がそうでも精神が徐々に朽ちるのは嫌だな。

気づかないうちに認知症になっていたとしたら・・・

 

もう老いたことすら理解出来ない自分。

 

脳にだけは常に熱湯のような刺激が必要だ。

 

 

※昨日もコメントありがとうございます!

 

 

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