嫁の余命が1ヶ月もないと知ったときに私が何を考えていたか

嫁のこと
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最後は楽にしてあげたいと願うだけ

 

もうすぐ6月23日だ。

5年前のこの日に嫁は天国へと旅立った。

 

毎年この日が近づくと同じことを考える。

嫁は私と暮らして幸せだったのだろうかと・・・

 

あの日嫁は、病院の診察中に倒れ心肺停止となったが、目の前に医師がいたからAEDですぐに蘇生措置が行われ、それから3ヶ月ものあいだ生き続けた。

あれがもし病院以外の場所で倒れていたら、あの3ヶ月はきっとなかったに違いない。

そしてその3ヶ月間はお世話になった親戚や友人たちとのお別れの時間となった。

 

最後まで律儀に嫁らしい死に方だ。

 

今思えばだが、嫁が倒れた時にはおそらく余命はもう1ヶ月もないと医師は判断していたと思う。

しかしそれを医師は私に言えなかった。

いや私が言わせなかったのだ。

 

蘇生後の嫁は意識はあったがもう何も判断できない状態だった。

私のことも娘のことも誰のこともわからない。

目を開けてはいるが何を見ているのかはわからない。

 

あの3ヶ月間私は何を考えていたのか。

配偶者の死を目前にしたとき、この世に残される者はいったい何を思う。

おそらく1生に1度あるかないかの出来事だ。

 

私はずっと嫁の命を助けることだけを考えていた。

医師からの説明を家に帰ってパソコンで調べ尽くし、翌日こんな治療法があるらしいがと医師に訴える。

 

私がネットで検索した情報など当然だが医師は知っていることだ。

さぞ迷惑な家族だと思われていたに違いない。

 

看護師さんも忙しいのはわかっていたが、嫁の髪はボサボサ、リップクリームを塗って欲しいと頼んでも、いつも唇はカサカサのままだった。

あまりに哀れな嫁の姿を見かねた私は、病院の広報にFAXで抗議をした。

 

患者と言えども私のは女性です。

あなたの奥様が、あなたの母親が、あなたの娘がこんな姿だったらあなたはどう思われるでしょうか。

どう考えても病院のホームページに書いてある基本方針とはかけ離れた環境です。

たいへんわがままを申し上げますが、最後まで嫁を女性として扱っていただけないでしょうか。

 

たしかこういう文章を書いたと思う。

翌日病院に行った私に、院長と総婦長、担当看護師の3人がお詫びに来られた。

そしてたしかに病院が掲げている基本方針とかけ離れていると認めて頭を下げていただいた。

 

その後は他の患者さんたちもドライシャンプーや着替えなど頻繁に行われるようになり、ご家族の方はみな喜んでおられた。

嫁もおかげでリップクリームも塗ってもらえるようになり、髪もたびたびブラシしてもらえるようになった。

 

しかし嫁の病状が良くなることはなかった。

嫁がICUから地下の部屋に移されたとき、医師は私に嘘を言った。

治療のために地下の治療室に移すと・・・

 

それでも私は嫁が死ぬことなどまったく考えなかった。

だから地下の治療室に移動することも疑わなかった。

 

これも後々気づいたことだが、あの時地下に移された患者は全員が自分で呼吸すらできない人ばかりだった。

消えかけた命が人工的に維持されている。

 

実は地下室の奥はそのまま霊安室につながっていたのだ。

死が目前に迫った患者で埋め尽くされた地下のフロアは、命を維持する医療器具の電子音が鳴り響いていた。

 

誰かの死を知らせる電子音。

心臓の鼓動は人工的な音に加工され、一定のリズムを刻み続けることが生きている唯一の証だった。

 

敗血症、多臓器不全、聞き慣れない病状をいろいろ説明されたが、諦めない私に医師は困り果てていたに違いない。

地下に移ってからは一度も私に顔を見せなかったから。

 

見知らぬ医師から『このまま延命を続けますか?』と聞かれた。

延命という言葉を使った医師に私は腹を立てた。

 

延命とはどういうことか。

嫁はまだ生きているじゃないか。

 

しかし医師の説明は、身体中につながれた管を外せばもう嫁はすぐに死んでしまうということだった。

それでも嫁が元のように回復すると私の脳は信じて疑わない。

嫁が死ぬことなどあってはならないことなのだ。

 

あの3ヶ月間、私は家と会社と病院を毎日移動し続けた。

歩数計は1日2万歩を超えていたから私の体ももうボロボロだった。

たった1本の細い糸が私と嫁をかろうじてつないでいて、しかしその糸は医師のたった一言で簡単に切れてしまうほどか細かった。

 

体は疲れ果てていた。

頭ももう回らない。

 

医師が私の指示があればいつでも延命装置を外すと言う。

嫁の命がこんな形で私に託されるのか。

 

『もう助かりませんか?』

 

とそれでも回復を待つ私に医師は黙って頷いた。

 

そして私が嫁とつながっていた細い糸を切った。

 

本当は嫁の余命が1ヶ月もないことは薄々感じていた。

ただ私の心が認めなかっただけだった。

 

しかし嫁は頑張って3ヶ月も生き抜いた。

 

退院用に買っておいたオレンジの花柄のワンピースは結局袖を通すこともなく棺に入れられた。

倒れる前に、私とお揃いの靴が欲しいと言うのでネットで注文しておいた靴は、皮肉にも嫁が倒れてから配達されてきた。

その靴も一度も履かないまま棺にいれた。

 

それでも私はあの電子音が消えるまでは、今の日常は続く気がしていた。

 

しかし・・・

 

すべては終わったのだ。

 

 

最後にお店で嫁と飲んだビール。

ひとりなのにビールを2杯頼んで誰もいない向かいの席に置いてもらった。

店員さんは首を傾げている。

 

乾杯!

 

そしてさようなら。

 

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