嫁の死を予言した占い師〜30年後のことがなぜわかったのか・・・

嫁のこと
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予言

数多の占い師に占ってもらった嫁が、予約から半年以上も待たされた占い師がいた。

場所は福岡県の北九州市という、九州の最も北に位置する人口100万都市である。

当時私達は仕事の関係で福岡市内に住んでいたので、北九州市までは車で約1時間という距離だった。

その日は朝から嫁が、今日は北九州に行ってくるとだけ言い残し早朝から友人と車で出かけて行った。

あの日のことがまさかこんな現実になるとは夢にも思わなかったので、当時は『また占いに行くのか』くらいにしか思わなかった。

なので、当日出かける朝のことはほとんど記憶がない。

決して私が痴呆になったわけではないことは付け加えておく。

 

鮮やかな記憶として残っているのは、嫁が北九州から帰って来てからのことだ。

その日のことを、嫁は事細かく話をしてくれた。

いつも冷静な嫁が、その日は鼻息が荒かった。

興奮気味に話す嫁を見て、よほどいいことを言われたのだろうとだいたいの察しはついた。

 

その占い師はとにかく何も話さなくても悩みごとから当ててくれるらしく、嫁が相談したかったことはすべて話をしてくれたそうだった。

見かけは普通の主婦というかおばちゃんと言ってたが、私は見てはいないので詳しくはわからない。

とにかく有名過ぎて、予約してもそのおばちゃんから電話がかかってこないことには会ってはもらえないとのことだった。

なので、占い師が自分で占う相手を選んでいるのだ。

 

嫁はその占い師から選ばれたことになるのだが、会って開口一番こう言われたと言っていた。

 

『思ったとおりのオーラがある。あなたの周りには人が集まりいい人生を送るだろう。』

 

その後、嫁が相談したかったことなどを、延々2時間ほど話をしてくれたそうだ。

占いの料金は聞かなかったが、たしかかなり高額だったと言っていた気がする。

 

その長い話の中で、言われた一言がこうだった。

 

『あなたは60歳を前にして難病を患う。そこを乗り越えれば長生きするが、もし乗り越えなければそれまでがあなたの寿命だ。』

 

当時はまだ30歳そこそこだったので、60歳の話をされても私も嫁もピンとこなかった。

しかしそのことはずっと心の奥に刻み込まれて、忘れることができなかった。

 

そして嫁は60歳を前にして心臓を患った。

それが未だ原因不明の病気『心筋炎』という病気。

治療法はなく殆どが死に至るという難病だった。

 

一旦は心肺停止となりながらも電気ショックで蘇生し、それから奇跡的に3ヶ月も生存した。

その3ヶ月間のあいだに、嫁の友人、親戚、仕事仲間などが全国からお見舞いにかけつけてくれ、結局最後のお別れのために3ヶ月間を生き延びたようなものだった。

最後は私が担当医に、嫁の身体に繋がれているいろんな管を全部はずしてくださいとお願いした。

もうよく頑張った。

 

原っぱに一人立つ楡の木のように、

 

本当に一人でよく頑張った。

 

それから葬儀が終わり、初七日あたりのころだったと思う。

あの30年前の占い師の言葉がフラッシュバックしたのだ。

 

本当にあの予言通りに嫁は死んでしまった

それも難病と言われる病気で・・・

 

 

 

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老後のおひとりさまごはん

今朝のサラダボウル。

昨日は晩ごはんは外食したので、料理らしい料理はしていない。

冷蔵庫にあるものをトッピングしだけのサラダボウルだ。

 

イカがはいったさつま揚げがうまい!

練り物が好きなので、これからおでんの季節になるのが待ち遠しい。

 

ランチは冷凍のほうれん草で作ったほうれん草ポタージュラーメン。

見た目は青汁ラーメンだが、スープはブレンダーしたり裏ごししたりで結構手がかかっている。

バターと生クリームなどで仕上げているので、青臭さなどまったくなくとってもデリシャスなラーメンとなっている。

 

午後は千歳船橋に仕事の関係でトランクルームを借りたので、その見学に行ってきた。

駅から徒歩7分と書いてあったが、実際に歩いてみると20分もかかるではないか!

コロナ禍でまったく歩かない生活が続く中、久しぶりに往復40分も歩いたのでクタクタ。

大量の汗をかきながら、ただでさえ干からび始めた老人が環八をヨレヨレになって歩く。

よく保護されなかったと思う。

保護を免れながらも駅前にオアシスを発見したので、なんとか生還できた。

 

 

オアシスは餃子の専門店だった。

日本語の通じない中国人の店員さんが餃子を焼いている。

久しぶりに食べたが、なかなか美味しい餃子だった!

 

ビール2杯にジンソーダを飲んで回復した私は、明るいうちから酔っぱらいながら日曜日の午後を終えた。

 

あの占い師の予言どおりに亡くなってしまった嫁。

その体験から私は占いに興味を持ち占いの学校に通うことになったわけだが、手相を学ぶうちに素人の私にも手のひらに現れるその人の過去や未来がわかるようになった。

ゲイバーをやっている知人がいて、そのゲイ仲間全員の手相を見たことがあるが、ほぼ全員が同じような手相をしていた。

その共通した特徴は生命線に張りがなく生命力がか細いこと。

また、90%の確率で兄弟の人数も当てられるようになった。

 

もしまだ嫁が生きているころに私が手相を学んでいたら、ひょっとすると嫁を助けられたかもしれない。

そう思うことがたびたびあった。

しかし、人の運命はそうたやすく変えられない。

 

2016年までが嫁の寿命だったのだ。

 

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