夏の終わりに〜63回目の夏が終わってひとり考えること

嫁のこと
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63回目の夏

 

私が生まれてから63回目の夏が終わった。

こうやって数えてみると、まだこの世に生まれてから63回しか夏を経験してないのだ。

 

まだそんなものか。

夏は好きな季節だから、もう少し長生きしてみたくなる。

 

春が終わり初夏となって日差しが眩しい季節に変わると、毎年何かが起こりそうな気がする。

それは若い頃だけのことではなく、この年齢になっても同じ。

 

今年の夏は何をしようかと、毎年ワクワクしながら嫁と相談しあった。

嫁が生きていたころの夏はいつもそうやって始まったのだ。

 

嫁と過ごした夏は、本当に楽しかった。

暑い日は特に二人でよく出かけた。

緑が繁る公園でビールを飲んだり、犬を連れて夏の海を散歩したり・・・

 

しかし突然嫁はいなくなり、私一人になった夏はあれから何も起こらずに終わる。

ワクワクする気持ちだけが取り残されて、季節は駆け足で過ぎ去っていく。

 

そのワクワクした気持ちだけが9月になってもまだ続き。

10月になって急に秋めいてきたころに、ようやく夏が終わったことを認め始める。

そしてひと夏続いたワクワクした気持ちは秋空に消える。

 

夏への未練は、今年も一人で何もやれなかった自分への失望感。

一人じゃ何もできないとわかっていて期待した自分への叱責。

年老いて一人っきりの夏は、ただの夏なんだとそろそろ気づかなければ。

 

そして夏が終わるといろんなことが終わる。

お気に入りの黄色いCLOCSのサンダルが終わる。

 

早朝のゆいまるの散歩が終わる。

水を冷蔵庫で冷たく冷やすのが終わる。

 

窓を開けっぱなしの生活が終わる。

布草履の室内履きが終わる。

 

1日中短パンの生活が終わる。

付けっぱなしのエアコンが終わる。

 

メッシュの帽子が終わる。

そうめんの買い置きが終わる。

 

そして嫁が使っていたアイスコーヒーのグラスをしまう。

代わりに嫁のホットコーヒーのマグカップを取り出す。

 

嫁との夏の思い出が秋の思い出に変わり、今度は冬がくるのを待つ。

嫁がいなくなってからの4年間

この繰り返しが続く。

 

来世では私より長生きすると約束してくれ。

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