当たり前の日々
朝起きて
パジャマを着替え
妻が焼いたいつもの目玉焼きと
シャウエッセンをおかずに
朝食を食べる
めざましテレビの占いで
乙女座が1位だった日は
妻の機嫌がいい
占いの結果を見届けて私は歯を磨く
歯ブラシは私が青だ
いつだったか
まだ高校生だった娘が家にいた頃
たまには気分を変えようと思い
私が赤の歯ブラシにしてみたことがある
歯ブラシを変えてひと月ほどたったころ
私が赤の歯ブラシで
歯を磨いているのに気づいた娘が
いきなりオエッーーとえづきながら
今日は学校を休むと
妻に泣いて訴えていたことを
懐かしく思い出した
いや、そんなに?
ちゃんと今回は私が赤で妻が黄色
娘は青と伝えたのに・・・
まあ普通は男が青だよな
日常
食卓にはアイロンのかかったハンカチで
綺麗に弁当箱が包んである
私は特にありがとうも言わずに
当たり前のように弁当箱をカバンに入れる
『いってきます』
『いってらっしゃい』
抑揚のない言葉のやりとりをしながら
玄関のドアを開ける
犬がパタパタと尻尾を振りながら
玄関まで見送りにくる
『いってくるよ!』
と言いながら私は犬の頭を撫でる
犬の挨拶の方がちょっと気持ちがこもっている
こうやって毎日変わらぬ朝の行事を経て
私は会社に行くのだ
相変わらずの満員電車
ごったがえす駅のホーム
日々繰り返す日常の風景
仕事が終わると必ず駅のホームで
妻にLINEをする
すると家に着く頃には
暖かい晩御飯が食卓に並んでいる
私が手を洗っている間に
妻は缶ビールを2本冷蔵庫から取り出し
食卓に置く
ぼんやりとテレビを見ながら
ビールを飲む
いつものように妻が
今日会ったことを面白おかしく話してくれる
よくそんなに毎日話すことがあるなと
視線はテレビに向けたまま
私は妻の話にうなずく
私が聞いてようが聞いてまいが
妻は楽しそうに話しているのだ
これを私は毎日繰り返して
30年という長い間
妻との結婚生活をおくってきた
誰もが思う
こんな毎日を繰り返して
自分は歳をとっていくのかと・・・
今日と同じ明日がくるなら幸せだよ
その日は朝から妻の具合が悪かった
『すごく動悸がするの』
それでも私はさほど心配もしていなかった
毎日繰り返されるはずの同じ日々だ
妻が病院に行けば
たいしたことなかったわと言って
家に帰ってくる
そしてまたいつもの日常が戻ってくる
何も変わるはずがない
人は自分が経験していないことには
想像力が乏しい
しかしその日に妻は倒れた
心肺停止
集中治療室
AED
蘇生
医師の口から出る聞きなれない言葉
そんな言葉が洪水のように脳を巡った
まさか・・・
いつもの退屈な日々はどうした!?
妻はたくさんの管に繋がれ
機械的に生命が維持された
ピコピコという電子音だけが
妻が生きていることを教えてくれる
しかし・・・
もう妻が家に帰ることはなかった
朝の目玉焼きもなくなった
妻が一喜一憂しためざまし占いは
今日は乙女座が1位だ
こんな日に妻はいないじゃないか
食卓にはくしゃくしゃのハンカチと
空っぽの弁当箱が置いてある
いってきますを言う相手も
もういなくなった
帰りに駅のホームで
妻の携帯にLINEをしてみる
まだ昨日のメッセージすら
既読になっていない
スーパーで割引になった弁当を買い
自分で冷蔵庫からビールを取り出し
一人で晩御飯を食べる
今日は何があったの?
私から話を聞いてあげればよかった
うんうんと目を見て頷いてあげればよかった
季節が春から夏へと変わる頃
妻は空の星になった
毎日毎日
必ず来ると思っていた明日は
もう妻に来ることはなかった
毎日繰り返される退屈な日々
あれが幸せってやつだったのか
私はなんで気づかなかった
もっともっと繰り返したかった・・・
1月31日は私の誕生日
68回も繰り返し訪れた私の誕生日
この歳になると
来年の誕生日は来るのかな?と
割と真剣に考えたりもする
でもそんなことを考えるのも一瞬で
1秒後にはサッと思考をやめる
なぜなら考えてもわからないことは
1時間考えても結論は出ない
だったら秒で考えるのをやめる方が賢い
明日すら来るかどうかもわからない
そのことは妻が教えてくれた
1年後のことなんか考えるより
今日1日を楽しもう!
それが大事なことなんだと
空から妻が言っている
人生とは今日一日のことなんだと
コメントありがとうございます! いつもコメント楽しみに読んでいます。 しばらくお返事ができませんがコメント頂けたら嬉しいです!