人生で無駄なものはこれだった!〜老後の断捨離はまずこれを捨てろ

ライフスタイル
スポンサーリンク

人生に無駄はないと誰かが言ってた?

 

以前のブログにもたしか書いた。

どこかの偉い方が『人生に無駄なことなど何もない』と。

 

しかしそれはコトの話だろう。

モノは違う。

 

恐ろしく無駄なモノは多い。

だから断捨離が流行ったりするのだ。

 

たしかに私も人生において無駄な経験など何もないと思う。

たとえそれが昨日のブログに書いたような悪い事象であってもだ。

 

それは結局いつか吉祥につながるかもしれない。

だからすべての経験は人生の糧となりあなたを豊かな人間にしてくれると信じる。

 

しかし無駄なモノは多かった。

私が今朝ブログを書き始めて、そしてそれを途中でやめてゴミ置き場に捨てに行ったものがある。

 

それがこの歳になってもっとも無駄だったモノかもしれない。

現役生活の40年間ではたいへんお世話になったというのに・・・

 

お世話になった感はたしかにあるが、よくよく考えるとそう役に立ったかというとそうでもないのかも。

それは何かというと名刺だ。

 

実は先ほど分厚い名刺ホルダー2冊をホルダーごとこき捨ててやった。

ちょっと地域ゴミを増やしてしまったが、もう2度と出ないゴミなのでご容赦いただこう。

 

その名刺ホルダーも小さなものではない。

おそらくA3サイズだったと思う。

ファイルが増やせるタイプだったので、おそらく1冊に1000枚くらいははいってたはずだ。

 

この1年で名刺ホルダーを開いたのはおそらく1、2度あるかないか。

名刺集めが趣味だったわけではないから、必死で集めたわけではなくただただたくさんの人と名刺交換をしてただただ溜まっただけのことである。

 

中にはTVCMであるように、この人と名刺交換できてよかった〜というようなこともあったかもしれない。

しかし今ではただの紙屑。

 

そして驚くべきことがもうひとつある。

それは実はフリーになったから一応フリーの名刺を作ってはいる。

 

がしかし、最近は仕事でも持ち歩くことをまったくしなくなった。

初対面の方とお会いする機会はまだある。

しかし先方から名刺はもらいはするが私は渡さない。

 

初めての名刺交換の際、相手は名刺入れを自分の膝くらいまで下げて私から名刺を渡されるのを待っている。

でも渡さない。

 

キャバクラのお姉さんだって名刺くれるのにこのじじいは何をやってんだ!?というような顔で相手から見られる。

そして私は言う。

 

『ごめんなさい、私のことは検索してね』と。

 

それにしても名刺を作ってないならわかるが、ちゃんと名刺を持っているくせに渡さないとはどういうことか?

まあ、いつも名刺入れを持ち歩くのを忘れるというのもあるが、ほとんどのビジネスマンは名刺は名刺アプリでスマホにはいっている。

 

わざわざ一度写メされるだけの名刺など今時不要だと思うからだ。

どうせデバイスで見る名刺なら、私のことなど検索すればいくらでも情報は出てくる。

もうそれでいい。

 

名刺を渡さないと交換先の会社から鬱陶しいメルマガが送り付けられることもない。

もし私に用があればなんとしてでも探してくるだろうし、今の仕事のやりとりはほとんどチャットアプリ経由なので、メールアドレスすら必要なくなっている。

それに名刺を渡したくらいでビジネスになるなら、世の中の営業マンが必死で営業にまわることなどない。

 

さらに今はテレワークの時代だ。

現役で仕事をしている若い方達でも名刺を交換する機会は激減しただろう。

 

これからは名刺の役職や肩書きよりも、自分が何をやってきたかわかるいわゆるソーシャルグラフのようなものがもっと重要になると思う。

事実、2年ほど前に現役東大生のベンチャーから顧問の依頼があったときは、私のソーシャルグラフを見つけて依頼してくれた。

 

そんな時代になったのだ。

これからは誰かの名刺を持っていることが、すべてのビジネスのパスポートになるわけではない。

 

長年の慣習で一見価値があるように見えるものでも、世の中でその価値を発揮できてない無駄なものは以外に身近にあると思う。

 

たとえば・・・

 

アクアパッツアは大好きだが、あれで白飯を食えと言われても無理だ。

 

ついでにマッシュルームのアヒージョとか。

 

さらにトマトのカプレーゼとかもおかずにならん。

 

この例えも無駄だな。

タイトルとURLをコピーしました