ヨルシカが歌う老いについて

料理
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だから僕は音楽を辞めた

先日も、最近のバンドの歌詞の素晴らしさについてちょっとだけ書いたが、今私のSpotifyのプレイリストに入ってて、よく聞いているJ-POPはこんな曲だ。

FAKE LOVE/eill

Sparkle/iri

夜に駆ける/YOASOBI

こんな夜更は/GLIM SPANKY

ぜひご存じない方はiriを聞いてみていただきたい。

これが女性の声とは絶対に思わないから。

 

ヨルシカも大人気になっているが、見出しの曲『だから僕は音楽を辞めた』という曲の歌詞を聞いて、若い人たちは『老い』というものに対してこういう気持ちなんだろうなと思った。

その歌詞の一節は・・・

 

『本当に年老いたくないんだ。

いつか死んだらって思うだけで胸が空っぽになるんだ。』

 

しかしね〜。

老いからは誰も逃げられないし、全員が必ず死ぬんだよとあえてここに書くと、これを読んでた若者はきっとブックマーク外すね(≧∇≦)

私のブログは、10代から65歳以上の方々まで、結構幅広い皆さんに読んでいただいている。

それぞれの年代で感想は違うだろうが、たいへんありがたいことだ。

今日は、その中でも私よりも若い読者の方にお話ししたいのだが、老いることも死ぬこともどっちも怖がる必要は全くない。

そういう私も若い頃はどうだったかというと、夜中に目が覚めて真っ暗な暗闇で死後の世界とはこんな感じなんだろうかとか、いろいろ悩んだこともあった。

それはたいてい夜だ。

しかも大体2時前後。

この時間は危ない!

なぜか目が冴えて死への恐怖が頭から離れなくなる。

ただの想像でしかないのに、見えないもののことで悩む。

そんな漠然とした悩みに相田みつをがそっと寄り添うのである。

 

『なやみは
つきねんだなあ
生きているんだもの』

 

相田みつをも当たり前のことしか言わない。

 

しかし今はどうだ。

夜中に目が覚めると死への恐怖どころか、早くトイレに行かないとおしっこが近くて漏れそうになる。

死ぬことよりも明日の朝飯の方が心配だ。

 

老いを一度受け入れると、その後は相田みつをに頼らなくても自分の哲学がだんだんできてくる。

もう人が作った哲学に感心などしている場合じゃない。

自分自身が哲学者なのだ。

そして自分自身も年寄りに近づいて行くことで、昔、年寄りの生態でいろいろ不思議だったことが少しづつ解明されていく。

 

年寄りがカラクリ人形のようにカクカク動くのは、ゼンマイ仕掛けだから?

なんで年寄りは巣鴨に集まるの?

歯がないのになんでお煎餅が好きなの?

年寄りはなんでマックの2階席にたむろしてるの?

ゲートボールは、本当に好きでやってんの?

 

などなど。

これは私が以前思ってた疑問だ。

 

みなさんが老いの入り口に立つ頃になると、自然と老いの恐怖は和らいでいき、徐々に老いを受け入れ、死への準備を心が始め出す。

もうそうなると、死ぬことすら楽しみなイベントになってきて、一度しか経験できない死というものを、どう迎えようかワクワクする。

若者の皆さん!

怖がらなくても大丈夫だよ。

ヨルシカの歌みたいに、空っぽにはならないから。

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老後のおひとりさまごはん

先ほどいただいた今朝の朝食。

若干サラダに飽きがきてるというか、昨日スーパーに買い物に行ったら、いつものレタスが玉ねぎくらいの大きさしかなくてびっくり!!

しかもシルバニアサイズのくせに258円もしやがって、これじゃあサラダは無理だわと思って諦めた。

おばあちゃんなんか値段見て倒れそうになってたわ!

おばあちゃん殺す気か。

そこで今日は一時ブームだった沼サンドに挑戦。

 

ポイントはいろんな具材をただ高く積み上げるだけ。

これが本当にパンで挟めるのか!

という限界を超えないと、綺麗な沼サンドにはならない。

 

そして、きつくラップしたサンドイッチを、冷蔵庫でしばらく馴染ませると・・・

 

じゃーーん!!

もはやパンの厚みなど消滅したかのような具満タンサンドの出来上がり!

 

写真を撮ろうとしたら、すぐさまゆいまるがパトロールにやってきた(o˘◡˘o)

 

 

見たことがないボリュミーサンドに興味津々!

お前のじゃねえよ!!!

 

 

だから俺が食うの!!

パンの耳大好き犬なので、パンの耳は食べさせてあげた。

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夜の徘徊

老人は時々徘徊する。

私はたいてい夜が多い。

今は新宿が危険なので、最近はもっぱら三茶あたりをウロウロ徘徊することにしている。

昨日は整形外科で点滴の日だったので三茶まで行ったのだが、点滴が終わったのが18時頃。

もうこんな時間か〜、しょうがないからどっかで飲んで行くか。

 

いやいや、最初から飲む時間を逆算して病院に行ってるでしょ。

徘徊などと行って、実は年寄りは緻密に行動を計算してるのだ(≧∇≦)

ん?

それは私だけってか?

行きつけの寿司屋。

何気にお客さんが多い。

 

芋ロックにカワハギの肝醤油。

カーーーーッ!!

絶妙のマリアージュ!

 

ダメだ。

今日は徘徊しすぎて帰り道がわからない。。。

しょうがないから、これまた行きつけのバーへ。

不思議とバーへの道は体が覚えている(笑)

 

タンカレーのNO10と京都のクラフトジン『季の美』をソーダ割りでいただいた。

 

このクラフトジンにはお茶が入っているのだが、かなりお茶の味が強い。

普通のクラフトジンは、いろいろボタニカル系が入っていてもそれほど強烈な個性はないのだが、これだけはっきりお茶の味がするというのは、さすが京都生まれのクラフトジンだ。

ちょっと飲みすぎた老人は、徘徊というより完全に酔っ払い。

バーを出てすぐに燃えないゴミの袋が置いてあって、それにつまずき危うく車道まで飛び出すところだった!

『危ないだろ!!こんなところに!!』

いや、そこはちゃんとゴミ捨て場として指定の位置。

 

『今、もし車が走ってたらどうするんだ!

危うく死ぬとこだったじゃねえか!!

お〜、怖えぇぇぇ!』

 

おいおい・・・

死ぬのが怖いですと?(≧▽≦)

 

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