日本人の居酒屋愛がコロナでわかった!強制的な孤食が終わりを告げる

料理
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みんな居酒屋大好き!

 

緊急事態宣言が解除になって私は、まず服を買いそして旅行に行き居酒屋に行った。

食べたかった焼き鳥をまとめて食べて煮込みも食べて焼酎もガブガブ飲んだ。

大満足だ。

 

あらためて居酒屋愛だな〜と思った。

私は居酒屋が大好きだ!

 

長いあいだ家に引きこもっていたので、この2年分を取り戻す勢いで外飲みしたいし外食したいと思った。

きっと日本中の方がそうだろう。

 

私の行きたいお店のリストはテレビの情報だけでも2年分ストックされている。

それにしても日本中の酒呑みたちがよく我慢したな〜と思う。

 

先週行った居酒屋でも、飲んでる客の顔を見るとみんな幸福に満ちた顔をして酒を飲んでいた。

男も女も赤ら顔の善良な市民である。

こうやって居酒屋で酒が飲めるようになって、みんな嬉しくてしょうがないという顔だ。

 

外で飲みたかったんだよね〜。

うんうん。

 

コロナウィルスの感染拡大で世界が失ったものはたくさんある。

人の命も大勢失った。

しかしその失ったものの中でも、もっとも日常に打撃を与えたのが外で酒を飲む時間であろう。

 

酒は居酒屋でなくても家でもどこでも飲めるから、コロナ禍でも酒の消費量自体はさほど減ってないのではと思う。

しかしみんな居酒屋で酒を飲みたいのだ。

居酒屋はただ酒を飲む場所ではなく、たとえひとりで飲んでいたとしてもあの空間で過ごす時間を赤の他人と共有するのが楽しい。

 

店の中の空気だな。

 

そして仲間と飲めばなおさら楽しい。

そんな仲間同士で酒を飲みうまい肴を食べるという人生の貴重な時間をコロナは奪い去った。

そのダーメジがこんなに大きいとは誰も考えていなかっただろう。

 

国によって業態や名前は違うだろうが、日本で言うところの居酒屋のようなお店はどの国にもあるはずだ。

そんなお店の灯りが世界中で同時に消えた。

この2年間の夜の地球は過去に例を見ないほど暗い地球になっていたに違いない。

 

私も仕事仲間と酒を飲んだのはこの2年間で2度しかない。

しかしそれで使わなかった飲み代はどこに行ったのだろう?

ガッポリ残ってていいはずなのだが・・・

 

子供たちの孤食が社会問題となってから久しい。

ひとりで食事をする弊害は体への影響だけでなく、心にまで影響を及ぼすと言われている。

 

それがコロナによって世界中の人々が強制的に孤食を強いられた。

たかだか一緒に酒を飲んで飯を食うだけのことだが、それがいかに大事な日常だったか思い知らされた2年間だ。

世界中がこのコロナ禍でみんなの居酒屋愛を再確認したと思う。

 

今はまだ、どこの居酒屋でもカウンターやテーブルには必ずアクリル板が設置されていて、それぞれ席が仕切られている。

まるで一蘭でラーメン食っているような感じだ。

しかしいずれそのアクリル板もなくなるだろう。

 

でも私は日本人はもともと孤食好きなんじゃないかと思っている。

じゃなければ、孤独のグルメのような漫画が売れるわけがない。

 

ただ、孤独のグルメの井の頭五郎も、漫画ではひとりで飯は食ってはいるが決してひとりではないのだ。

テレビ番組をご覧になった方も多いと思うのでご存知だろうが、井の頭五郎はお店の人とコミュニケーションをとり、他の客が注文したものから情報を得てそして自分が注文する料理を決めている。

 

お店の店主や他の客と一体となって食事の場を共有しているのだ。

だから決して孤独ではない。

 

孤独や孤食というのは本当に周りに誰もいなくて、ひとりぼっちで食事をすること。

それでは心を病むのも当然だ。

 

私もこの2年間、修行僧のように自分で料理をしてひたすらひとりで飯を食った。

心を病むこともなくすこぶる元気に孤食を楽しんだ。

 

これを続けたら仏陀にもなれそうだ。

 

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老後のおひとりさまごはん

 

昨日の朝食はソーセージベーコンエッグ定食。

今日も元気に孤食だ。

 

 

軽井沢の腸詰屋さんの白いソーセージ。

茹でてもうまいけど焼いてもうまい!

ごはんのおかずで食べる人はあんまりいないと思うけど。

 

 

昨日は天気がよかったので、またゆいまるくんと近所の公園まで行ってきた。

自宅から公園までは200mくらいしかない。

子供たちがたくさん遊んでて平和な光景だ。

 

メス犬はいないな。

 

バタバタ作ったお弁当。

公園でも仏陀になるべく孤食。

 

自分で弁当を作って、自宅からたった200mのところにある公園で食べる。

人生には無駄なことも必要なのだよ。

外で食べると不思議なことに普通の弁当が格別になる。

 

老人と老犬には公園が似合うことになっている。

 

晩ごはんは昼間のお弁当の残りと冷凍しておいた春巻きを焼いただけ。

夜も快調に孤食だ。

 

半分、仏陀になりかけている・・・

 

 

最近、ほうれん草が安いのでおひたしばっかり作っている。

ほうれん草は火を通すとどうしたの?というくらいに嵩が減るので、ひとりで一把くらいあっという間に食べれる。

野菜もどうせ食べるなら色の濃い野菜を食べたい。

 

さて昨日の日曜日もいい日曜日だった。

相変わらずの孤食の日々だが・・・

 

公園のテーブルは、全部家族連れかご近所のママさんたちで占領されている。

みんなそれぞれお弁当を用意して食べている。

 

ひとりでテーブルで弁当を食べビールを飲んでいるのは私だけ。

 

仏陀になる日もそろそろ近い。

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