自分の人生は自分が主役だが誰かの脇役として生きてもいいのではないか?

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主役が死んでどうする?

自分の人生だから自分が主役として生きることは当然だろう。

では人生の主役とはどういう意味なのか・・・

私は自分の生きたいように生きるということだと思っている。

誰かの意見で、誰かの指示で、誰かの言いなりに、誰かの考え通りに・・・

そういう生き方ではなく、自分で考え自分で決めた生き方。

 

自由なのかもしれないし不自由なのかもしれない。

しかしそう生きると決めたから、ただ自分の気持ちに従って生きること。

それは主役にしかできないことだ。

 

結婚すると人生にもパートナーができる。

自分が主役の人生に、一緒に寄り添って歩いてくれるパートナーだ。

しかしそのパートナーもまた自分の人生を主役として生きている。

そうなると自分はそのパートナーの脇役だ。

 

お互いがお互いを尊重して、パートナーが主役としての人生を脇役として支え、そして自分もまた主役として生きるために支えてもらう。

それが夫婦だろうと思う。

 

私が主役の人生では、パートナーである嫁よりも自分が先に死ぬとばかり思っていた。

しかし嫁はどう思っていたのだろう。

私は嫁が死んでから人の死にあまり興味がなくなった。

最近でも多くの芸能人や有名人の訃報に接するが、残念だとは思うが喪失感を感じるほど心は揺れない。

おそらくだが、死についての最大の関心事は自分たち夫婦のどちらが先に死ぬんだろうと、それだけだったように思う。

 

私は父親も育ててくれた祖父母も早くに亡くした。

だからかもしれないが、身近で死を考えるとなるとやはり夫婦いずれかの死だったのだ。

しかしこれまで長い間疑問だったその答えは、4年前に図らずしも出てしまった。

もっともっと先のずっと先の、お互いこんなに長生きしちゃってと笑いながら、そして結局どちらが先に逝くのかという疑問は、やっぱり俺だったねと言って私が先に死ぬ予定だった。

 

ところが先に旅立ったのは嫁だったのだ。

この意外な展開に私は無防備で何の用意もしていなかった。

 

もっともっと嫁には、自分の人生の主役として長生きしてほしかった。

私はその脇役でよかったのに・・・

 

嫁が倒れたのは桜が満開になる頃だった。

私は毎日毎日、桜の花が舞い散る大学病院までの道を歩き続けた。

しかし嫁は桜の花と一緒に散ってしまった。

 

春は日本が1年中で一番いい季節だ。

 

しかし私は春が早く過ぎ去ることばかり考えている。

 

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老後のおひとりさまごはん

昨日の朝食は昆布サバ塩焼き定食。

この昆布サバが脂がのってて一番うまい!

しかも2切れで299円とお安いし、塩鮭よりもサバが好きだな。

 

ランチはお蕎麦がまったく見えない冷たい納豆蕎麦。

他にも三陸のわかめにカニカマ、フライドオニオン、ねぎ、天かす、海苔、温玉と、ゴージャスなお蕎麦だ。

めんつゆも手作りなのでうまい!

みりんをちょっと多めにして市販のめんつゆよりも甘め。

 

 

夜は豚バラとレタスの中華しゃぶしゃぶ。

にんにくとしょうがをきかせたスープでしゃぶしゃぶしていただく。

ポン酢をつけて食べても美味しい。

 

最近のわがままボディをなんとかしようと、今日はヘルシーにしてみた。

が!

最後にラーメンでしめるという敗北感。。。

 

誰がしめって考えたんだ!

私も今は好きなように生きている。

何時に起きようが何時に寝ようが自由。

行きたいところへはなかなか行けなくなってしまったが、明るいうちからビールを飲んで好きな食材を買ってきて飯を作って食べる。

 

もう主役を演じることしかできなくなった。

 

それもずっと一人芝居だ。

 

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