スローライフという生き方〜拍手も賞賛もない人生だが幸せな人生である

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スローライフって何?

 

歳をとるとやたらと人生を語りたくなるものだ。

勝手にスローライフを気取ってリア充アピール。

 

ん?

リア充ってもう死語か?

だったら『陽キャ』?

まあなんと言われようと、この老後の有り余る時間が幸せであることは間違いない。

 

有り余る時間がないとスローライフなんてできやしない。

しかし一度手にしたこのスローライフという生き方。

これこそが私を幸せへと導く生き方であると確信している。

 

『スローライフ=幸せ』

 

しかも東京の世田谷という都会に住んでの話だ。

 

しかし、そもそもスローライフってなんだろう?

どんな意味?

 

なんとなく2つの単語の意味からおおよその見当はついてはいる。

しかし、あらためて意味を聞かれると正確に答えられる自信はない。

 

そこでスローライフという言葉をネットで調べてみた。

すると次のように訳されている。

 

『効率やスピードを重視するのではなく、のんびりと過ごしながら、人生を楽しみ、生活の質を高めようとすること。スローフードから派生した和製語。』

 

ふむ。

まあ思った通りの意味だった。

 

ただ、なんでもネットで検索するという行為自体があまりスローライフっぽくない気もする。

ネット社会はなんでも容易に答えがわかる時代だ。

 

私もすでに手遅れだが、今の若い人たちは物事を考えるという行動の前に、すぐに答えを知ることができる時代にいる。

私がこの歳になってようやく気づいたこと。

 

『スローライフ=幸せ』

 

という定義。

しかし、今の若者はこれを体験する前に検索で知ってしまうのだ。

検索ワードは『スローライフは幸せか』。

 

するとGoogleがその答えを導き出してくれる。

結果、若者へのスローライフに対しての答えはこうなる。

 

『自分自身を肯定しましょう。自分自身を肯定しない限り人は幸せも満足も得られないのです。自分自身を正しく把握して身の丈をわきまえる。そうすれば余計な欲にふりまわされることもない…。これがスローライフの基本です。』

 

それはおっしゃる通りかもしれないけど意味わかんな〜い。

自分自身を肯定?

自分自身を正しく把握?

 

結局答えはわかった気になるが、実践として何も体験していないことなど言葉を咀嚼しただけで飲み込めてはいない。

そんなことが世の中多すぎて、それでみんな自分を見失ってしまうのだと思う。

 

しかしそういう私も若い頃に『のんびり暮らそうぜ』とか言われても全く心には響かなかった。

なぜなら仕事ではスピードと効率と結果だけで評価されてきたからだ。

 

それは今の若者たちも同じだろう。

結果、成功した人だけが幸せになれるんだと勘違いしてしまう。

私もそうだった。

 

仕事の成功が人生の成功であり結局はそれが自分の幸せにつながる。

幸せとはその一本道だと長年思ってきたのだ。

 

ところが違ったんだよな〜、それが。

 

成功を手にする人はごく一部の人。

しかし幸せとは誰でも手にすることができるもの。

 

そんな簡単なことに気付かずにこの歳まで生きてきたとは・・・

自分が愚かすぎて情けない。

 

肩書きや年収だけが自分を肯定する唯一のパラメーターだとしたら、世の中に幸せな人など一握りしかいないことになる。

そんなバカなことがあるはずがない。

 

まあ仕事を頑張ったおかげでこの歳まで仕事の依頼があったことには感謝したい。

その仕事も今月で終わりだが・・・

 

ただ仕事と私の幸福感とは結びつかない。

私が今スローライフだと思ってやっていることは、仕事など関係なくごく当たり前のことだ。

 

有り余る老後の時間を贅沢に使って時間をかけて料理をすること。

毎日ご馳走を作るということではない。

ファストフードのハンバーガーを食べるのなら、自分でハムと野菜を洗ったり切ったりしてパンに挟んでホットサンドを作るということ。

 

ゆいまるのお散歩ものんびり時間をかけて歩くこと。

気に入った季節の花があれば写真に撮ったり、新しいお店ができてないかわざと遠回りして歩いてみたり・・・

 

できるだけ買い置きはせずに毎日スーパーで新鮮な食材を買うこと。

 

いつになったら新しい芽が出るのか待ちながら観葉植物を育てること。

実は私と嫁が結婚した年に買った観葉植物が35年経って倍の高さまで成長した。

 

まさかこの観葉植物が嫁よりも長生きするなど思いもしなかった。

こんなに長生きしてくれた植物を見るだけで今は幸せな気分になれる。

 

35年間も水をあげてきたお礼に今私に恩返ししてくれているようだ。

 

私が思うスローライフとは時間が世界中の時計によって刻まれるのではなく、手回しの映写機のように自分で時を進めるのだ。

 

日が沈むように人生も終わりに近づくと・・・

 

夕日で伸びた影のように時間もまた伸びる。

 

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老後のスローライフごはん

 

朝食は納豆ごはん。

残り物の煮物、ほうれん草のおひたし、卵焼き、きゅうりの浅漬け。

たいした料理じゃないがどれも私が手作りしたもの。

 

手作りの朝食

 

今日の花はマリーゴールド。

これもちょっと変わったマリーゴールドだ。

フレンチマリーゴールドだったっけ?

ゴージャス過ぎてあいみょんの歌にはちょっと似合わない。

 

花を自宅に飾ることもスローライフだと思っている。

花屋まで花を買いに行くのも人生の貴重な時間を費やしている。

 

そして水切りしてあげないと花はすぐに枯れてしまう。

できるだけゆっくり枯れて欲しい。

 

人もまたゆっくり生まれてゆっくり枯れればいい。

 

 

※この記事は過去に書いたものをリライトして再掲載したものです。

コメントありがとうございます! いつもコメント楽しみに読んでいます。 しばらくお返事ができませんがコメント頂けたら嬉しいです!

  1. […] 昨日の朝食はシャケ玉丼with納豆。 […]

  2. […] 昨日の朝食は納豆ごはん。 […]

  3. より:

    いつも楽しみに拝見しています。

     時間が世界中の時計によって刻まれるのではなく、手回しの映写機のように自分
     で時を進めるのだ。
     日が沈むように人生も終わりに近づくと・・・
     夕日で伸びた影のように時間もまた伸びる。

    なんと文学的な比喩、無礼を承知で言わせて頂くならばルックスからは想像できないです。時々は奥様のことを書かれるとき泣き言多く、おいおいと突っ込み入れてますよ

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